本研究では、「女としての自然」あるいは「自然としての女」の隠喩表象を、女権論者ウルストンクラフトの作品中から抽出し、ウルストンクラフトの女性論研究とロマン主義の近代自然観研究の融合を試み、それらの理解に新たな光をあてる分析を行った。 男は母性あってこその再生産の原理を直観し、それが途絶えることを無意識に恐れ、自然の中にそれを保証する表象を見いだそうとした。同時に、その恐れの不可知の根源である「女」を忌避し嫌悪し抑圧した。個体ではなく種としての肉体の消滅の恐怖が、自然のなす生/性の営みを希求させ、その生への渇望の凝縮したものが「女としての自然」の表象であったと考えられる。 本研究では、ウルストンクラフト、英国ロマン主義とその自然観、環境批評などに関連する図書・資料を購入して、関連著作や資料の分析と解釈を進めた。特にウルストンクラフトの旅行記で多くの読者を得た『北欧紀行』を中心にそこに潜在する女性=自然の隠喩構造を探った。その結果、男性に抑圧される女性と人間に利用される自然という並行関係にとどまらず、文明化と進歩という概念によって啓蒙・開発・搾取される存在として共通する属性が両者に与えられていることが分かった。 これらの分析を通して、ウルストンクラフトの旅行記テクストに顕在あるいは潜在する女権論と自然観との関連性を掘り起こし、環境思想で主張される自然と人間との共生という概念に加えて、「女性と男性の共生」という新たな解釈の可能性を示した。人間体験に見られる「性差」と「場所」という二つの根本基準め統合と融合を、ウルストンクラフトというフェミニズムの始祖に探ることができた。なお本研究の一環として進めてきた『北欧紀行』の翻訳は、来年度中の刊行を予定している。
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