平成18年度における「十八世紀イギリスにおける美学イデオロギーの研究」は、つぎの3点に力点を置いて進めた。(1)まず18世紀イギリスにおける美学的研究の創始者といえるシャフツベリーの主著『人間、風習、意見、時代の諸特徴』を内容を分析し、それが彼以降の道徳哲学の方向性をいかに定めたということを研究した。シャフツベリーが徳を美と同一視する見解を理論化したことによって、徳が神学や封建的道徳から開放され、世俗的な倫理学の構築が可能となったこと、さらには美的なものがもつ道徳的教化を重視する近代的な文化概念の基礎が築かれたことを確認した。この研究は平成19年産に論文として発表予定である。(2)18世紀イギリスの小説家リチャードソンの代表作『クラリッサ』を読解・分析し、この作品がヒュームやアダム・スミスらの道徳哲学と共通するテーマを持つこと。しかし、道徳哲学とはかならずしも整合しない法学的なロジックが混在していることを発見した。この研究は「リチャードソンと道徳哲学」と題した論文として発表した。18世紀イギリスにおける倫理学と法学の言説の共存の問題は、今後も探求する予定である。(3)アダム・スミスやヒュームの美学的なテクストをイデオロギーという観点から読解し、その政治的な含意を分析・解明した。とくに感受性や趣味といった美学的な概念が、いかに当時の政治的、社会的な状況によって要請され、決定されていたかを中心に考察した。その成果は、コールリッジやワーズワスといったイギリス・ロマン派の文人のテクストを分析した研究を併せて学位論文(博士)として東北大学に提出し、博士号を取得した。
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