19年度における「18世紀イギリスにおける美学イデオロギーの研究」は、18世紀イギリス小説における「想像力」と「法」の問題に焦点を当てた。この問題を考察するために、J.G.Aポーコックが『マキアヴェリアン・モーメント』などの著書で跡づけた、18世紀イギリスにおける商業と徳をめぐる争論を、ひとっの座標軸として用いた。また、関連する問題として、18世紀イギリス社会の「女性化」(feminization)の問題を考察した。ポーコックによれば、近代以前において土地財産は人格の前提でありその一部であった。土地財産は市民が公共善に参加する物質的基盤であり、それをもたない者たちはそもそも市民ではありえなかった。だが、17〜18世紀において社会の商業化が進展すると、土地財産もまた数多ある商品のひとつとなり、同時に、商業活動に従事する者たちが徳を身につける可能性が論じられるようになった。リチャードソン、ラドクリフ、オースティンらの小説に登場する女性主人公たちは、新しい時代の徳としての女性的感受性の洗練の有り様を具体的に表現している。しかし、リチャードソンやラドクリフらのテクストを読むとき、われわれはこうした女性主人公たちの中に具体化された近代的な徳の概念が、法のもつ強制力ヒいう異質な力によって侵犯され、あるいは置き換えられてしまうような契機を見ることになるのである。平成18年度は、18世紀小説における感受性に基づく徳や礼儀作法と形式的な法の強制力との関連を、リチャードソンの『クラリッサ』とラドクリフの『ユドルフォの謎』を具体例として取り上げて考察した。上記の研究成果は、日本英文学会第79回大会シンポジアム(平成18年年5月)において発表した。
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