本研究は1930年代のアフリカ系アメリカ人文学を、環太平洋という新しい文学の地政学のなかに布置することによって、グローバルな視座から見直すことを試みるものである。さまざまな形態をとる植民地/帝国主義言説のなかでも、とりわけエドワード・サイードが西洋のコロニアル言説として定義した「オリエンタリズム」と黒人との関わりに注目し、これまでのアフリカ系アメリカ人文学研究に欠落していた「ブラック・オリエンタリズム」の系譜を体系的に分析することを目指す。この「ブラック・オリエンタリズム」形成の系譜を解明するにあたって、今年度は黒人演劇に焦点をあて、海外資料収集・調査ならびに国内におけるマイクロフィルムの地道な調査を行った。特に、第二次世界大戦前夜の1938-39年に上演された全黒人キャストの2つのスイング版『ミカド』(The Swing MikadoおよびThe Hot Mikado)(原作ギルバート&サリヴァン)は、19世紀末イギリスのジャポニズムの影響下で造り上げられた「日本」や「日本人」をオペラではなく、ジャズやタップダンス、エキゾチックな舞台と衣装で演じたものであるが、なぜこの作品が当時熱狂的に受容されていったのかを考察した。 ワシントンDCの米国議会図書館が所蔵する「連邦舞台計画(Federal Theatre Project)」コレクションのなかのThe swing Mikado関連の資料(台本、演出ノート、パンフレット、ポスター、手紙、写真等)の調査・収集、さらにニューヨーク公立図書館のビリー・ローズ・シアター・コレクション所蔵の商業版The Hot Mikado関連の資料調査・収集、さらに1930年代の主要黒人紙(とりわけ上演されたシカゴおよびニューヨークを発行所とする)Chicago Defender、New York Age、New York Amsterdam Newsやアメリカの一流紙New York TimesやWashington Postの上演レビューをつぶさに洗い直した結果、この作品がアジアで脅威となってきた日本帝国に対する「アメリカの政治的願望」を満たしてくれる作品として受容されていったことがわかった。
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