18世紀前半イギリスのオラトリオとオードの調査を、入手したCD、DVD、文献で行い、さらに桐朋音楽大学付属図書館で文献調査を行った。その結果、以下のことが明らかとなった。第1に、ヘンデルはオラトリオの傑作を書き続けており、それぞれ様式を変えながら新しい試みに挑戦しており、それが当時の人々に気に入られて興行的に成功することもあれば、十分な理解が得られずに、興行的に失敗に終わることもあった。すでに興行的な成否は作品の内容と関係ないことは、『セミリ』や『ヘフクレス』例において、研究者に明らかにされているところであるが、『ヨセブとその兄弟たち』では研究者においてもまだ十分に解明されていない。本年度においては、まず、『ヨセフとその兄弟たち』の台本の質について調べた。『ヨセフ』を失敗作と断ずるウィントン・ディーンの理由を調べてみると、それが1960年代に流行した新批評的観点から評価されていることが明らかとなった。しかし、新歴史主義以降の文学研究が明らかにしているように、文学は単にテクストのみならず、当時の読者や聴衆の知識によっても決まる。『ヨセフ』は18世紀の読者を想定して書かれており、そのために聖書の知識を前提としている。そのような前提のもとで『ヨセフ』の台本を本で見ると、さまざまな新しさが盛られていることが分かり、ヘンデルや当時の聴衆がなぜ『ヨセフ』を好んだかが分かるのである。ロバート・キングの『ヨセフ』観は正しい。これは優れた作品なのである。次にヘンデルより若いウィリアム・ボイスについて調査を行った。かれの『ソロモン』はテクストと台本、音楽の関係が複雑で、これを調べることで、音楽と詩の関係の密接さが明らかとなった。またボイスの『聖セシリア祝日のオード』はヘンデルに対抗してパーセルの伝統に戻り、簡潔でかつ音楽が詩と密接に結びついている点、ヘンデルとは異なる音楽観を示すものである。以上によりイギリス18世紀中葉ははこれまで考えられているより音楽活動が盛んであり、それは密接に詩や演劇と結びついたものであった二とが判明した。
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