本年度の研究は、問答形式の歴史的な変遷に焦点をあてて行った。この作業では、英語圏文化を中心に「問答形式」という言説のやり取りの方法がどのような推移をへて展開してきたかを、具体的な文献にあたりながらデータの集積を通して確認・実証することを試みたのだが、今回はとくに、いわゆる礼節書に関する調査が中心となった。英国ケンブリッジ大学稀覯書部屋では礼節書から作法書へと至るいくつかの貴重な一次資料を精査する機会を得、そこで礼節書が宗教書と同じく問答形式に則った方法で書かれることがままあったということを知ることができた。これは作法書の中でもややパロディめいた書物と考えられる_Ladies Dictionary_などの記述から明らかになったものである。こうした調査結果からは、問答形式を通した中産階級の知の再生産が、宗教の場を越え、日常の立ち振る舞いといったレベルにまで及んでいることが伺い知られると思われる。 こうした問題はやがて訪れる小説の勃興という事態ともからめて考えることができ、知と日常性との関係についての考察に大いに役立つ。小説というジャンルの誕生に伴って生じた大きな「知」の変化は、日常的な些末事を堂々と語る場が出来たということである。The Compleat Housewife_の出版に見られるように、病気の看病から料理の方法に至るまでの日常のあれこれを「方法」として記述するような書物の出版が流行したという歴史的事実は、17世紀から18世紀にかけての「知の作法」を考えるうえではたいへん重要だと思われる。
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