本年度の研究も、前年度に引き続き歴史的な変遷に焦点をあてたが、礼節書や作法書だけではなく、今年度は手紙の書き方の指南書など、いわゆる文章読本的な傾向の強い文献の精査にも力を入れた。今年度もケンブリッジ大学図書館の稀覯書部屋で一次資料にあたるとともに、ケンブリッジ大学図書館で検索可能な諸データベースを利用し、貴重な資料の電子版を持ち帰ることもできた。 文章作法に関する指南書の研究を通して見えてくるのは、「問答形式」という知の伝達形態がこうした作法書のスタイルにも反映されていることであり、ひいては手紙などの書き方の根本原理にも少なからぬ影響を与えているということでもある。 今年度のもうひとつの軸となったのは、会話の指南書の研究である。言うまでもなく、会話は「問答形式」というパタンがもっとも如実に反映されやすい行為であるが、会話の指南書の精査を通して見えてくるのは、そこにさまざまな種類の「権力」がからんでくるということでもある。とりわけ興味深いのは、英語における会話のパタンにある種の枠組みが想定され、会話のモードが様式化されていく過程と、近代英語のルールが整備され、英語に一種の「規範」が設けられていく過程とがパラレルになっているということでもある。会話のモードが、王を頂点とする宮廷文化のヒエラルキーを意識することで洗練されていったように、近代英語はつねに遠くに宮廷を見やるような階級意識に支えられてきたことが明らかになってくるのである。
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