研究概要 |
平成19年度中に「夢と記憶-ヴラジーミル・ナボコフの『マーシェンカ』」(『東京外国語大学論集』第74号)と「鏡と影-ヴラジーミル・ナボコフの『他者と異界-ヴラジーミル・ナボコフの『透明な対象』』(『東京外国語大学論集』第75号)という二篇の論文を発表し、さらに、「Vladimir Nabokov, Notes on Prosody and Abram Gannibal: From the Commentary to the Author's Translation of Pushkin's Eugene Onegin (Princeton,N. J.:Princeton University Press, 1964)をめぐって」と題する研究発表を行なった(日本ナボコフ協会研究会、平成19年10月28日)。 上記の研究成果から、微細な陰翳をかたちづくる表現上の種々の工夫によりテクストを織りなしてゆくナボコフ独自の手法を確認することができた。また、最初期と最後期の作品の比較により、彼の美学的立脚点が終生にわたり一貫性を有するものであることも論証し得た。人間の意識ならびに記憶という根源的な問題設定とともに、肉体の死後における意識の残存という難題にたいする関心を読み取ることができる点から見ても、彼の諸テクストは、20世紀の藝術および思想の全体的潮流と密接な連関を有するものとしてとらえることができる。 20世紀文化の特質を、20年代を中心としたモダニズムの相のもとにとらえるか、19世紀末に隆盛を見た審美主義、象徴主義との連続としてとらえるかという問題も引き続き論じてゆくべきであるが、『エヴゲーニイ・オネーギン』をめぐるナボコフの韻律論的考察が示唆しているように、革新や新機軸が、つねに伝統を参照枠とし、既存の発想や概念を組み換え、換骨奪胎したところになりたつものであるとする見かたが肝要であろうと思われる。
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