平成18年度は8月23日から29日の一週間ロシアに滞在し、モスクワにあるロシア国立図書館の古書部および東洋文学センター図書館を訪ね、モスクワ大学付属アジア・アフリカ諸国学院のクドリャショーワ・アナスタシーア助教授の協力を得ながら、研究課題のひとつであるセルゲイ・エリセーエフが松尾芭蕉をテーマとして1910年代に執筆し、完成したものの、ソビエトに帰国するさい当時のボリシェビキ政権によって収奪され、失われたとされる博士論文の捜索をおこなったが、発見にはいたらなかった。この日本語で書かれ、まだ単行本のかたちをとっていない原稿の存在を追って、今年度はペテルブルグのロシア国民図書館を中心に調査する予定である。あるいはなにかの外交文書として保存されている可能性も捨てきれないので、そうした文書が閲覧できる方法をロシアの知人の大学教員の助けを借りながら捜索しなければならないだろう。 この博士論文発見の作業と同時に、モスクワ大学付属アジア・アフリカ諸国学院を訪れ、同大学でどのように日本語、日本文学の教育がおこなわれているかを調査、見学した。ここ5年間にわたる同大学での日本語・日本文学をテーマとした卒業論文、修士・博士論文の題目リストを資料収集し、これは今後研究成果をまとめるなかで発表することになる。またモスクワのビブリオ・グローブスなどの一般書店、東洋コレクションなどの東洋文学・文化の翻訳、研究文献を扱う専門書店を訪れ、日本文学のロシア語翻訳作品がきわめて多くのロシア人読者を獲得し、また研究書も有効に流通している現状を目の当たりにすることができた。研究課題のひとつである、ロシア語訳された日本文学作品のリストの作成とその分析をおこなうために数多くの翻訳書を購入した。 今年度は勤務先の学部の教務委員長をつとめたため、研究にさける時間を多くとることが困難であったが、エリセーエフがソビエトに帰国して1918年からM.ゴーリキイによって設立された「世界文学出版社」ではたらくかたわらに執筆した「日本文学」という『東洋の文学』(ペテルブルグ国立出版所、1920)に所収された、当時としてはもっとも詳細で、ロシア語で書かれていたためにこれまで広く知られることのなかった日本文学史の翻訳にあたった。完訳にはいたっていないが、その第一部を「S・エリセーエフ「日本文学」-翻訳と解説-(その1)」として2007年5月に刊行予定の研究会誌「翻訳の文化/文化の翻訳」第2号に掲載する予定である。
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