イギリスの批評家ジョン・ラスキン(1819-1900)の美術論のフランスにおける受容について、最初の著作『近代画家論』出版からラスキンの死の数年後にしぼって調査した.本年度は、ラスキンの美学を論じる上で頻繁に引かれる『近代画家論』をめぐる言説に焦点をあてた.関連する当時の研究書、論文等の資料を収集し、また現在のラスキン研究の現状を把握することに努めた.特に、マルセル・プルーストの『アミアンの聖書』序文の草稿、印刷されたテクスト、バリアントを精査し、いくつかの問題点について該当時期の他のフランス人研究者の論考も比較しながら再検討した.フランスの専門家で評価がわかれたのが、「aesthetic」という語を排斥し芸術は「theoretical」でなければならないとしたラスキンの論についてであるが、彼らの見解の相違が、フランス19世紀の美学理論の動向を反映していることを明らかにした.プルーストが参照している研究書に挙げられている哲学者を中心に、19世紀のおもだった美学の著作・論文を精読し、感覚的要素よりも宗教・道徳・科学的真実を重んじたラスキンの美学が、むしろ19世紀前半のフランスの傾向と類似しており、彼の著作が発表された19世紀後半では時代遅れと見られがちであったことを明らかにした.
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