平成18年度には、能体験と「抽象」の観点から見たパウンドの詩と評論および書簡の再検討を行った。より具体的には、フェノロサの草稿をもとにパウンドが出版した"Noh"or Accomplishment : A Study of the Classical Stage of Japan、パウンドが能をもとに書いた戯曲集Plays Modeled on the Noh、Gaudier-Brzeska : A Memoirをはじめとする評論、同時期に書かれた書簡等を再読し、パウンドの能体験とこの時期に育まれた彼の詩論、特にその「抽象」観との関係について検討した。当時パウンドは、イマジズムおよびヴォーティシズムという革新的な芸術運動を唱導し、また主著The Cantosの創作原理となる「表意文字的手法」を確立しつつあったが、これらの活動の背後には、抽象名詞を用いることなく、具体物の「併置」により抽象概念を喚起することへの関心があった。上記の調査は、パウンドのこうした「抽象」への関心と彼の能体験との関係を明らかにするためのものである。 調査の結果、パウンドの能解釈、とりわけ、"Noh" or Accomplishmentにおいて繰り返される能の性格付け--能はイメージであり、また、そのイメージは単なる映像ではなく、舞、台詞、謡などによって複合的に形成される抽象的な複合体である--が、パウンドの抽象観と連動していることなどの知見が得られた。平成19年度には、文献調査をさらに進めて、1910年代に見られるパウンドの能理解と抽象観の連動性が、彼の後の作品、特に後期のThe CantosおよびWomen of Trachisにおいてどのように変化するかを明らかにする予定である。また、研究の成果を論文のかたちにまとめる予定である。 なお、平成18年12月には、フィラデルフィア美術館等にて、同時代の芸術における抽象の動向について調査した。
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