本研究の第一の目的は、グリム兄弟が収集刊行した『メルヒェン集』、『ドイツ伝説集』のみならず、彼等の文学、民俗学、言語学、法学等の学際的研究業績にも目を配り、彼等の理念としての「森」の意義を、「生の連続性」という観点より明らかにすることにある。平成19年度は、本研究前半の成果として、研究書『黒い森のグリム-ドイツ的なフォークロア-』(単著)を郁文堂から出版した。彼等の文献学研究の根本理念は、「ドイツ的なもの」、「いにしえのもの」、「土着のもの」、「自然的なもの」、「詩的なもの」そして「ニーベルンゲン的なもの」という六つの普遍概念の総体にあり、それらは「森」という表象に結晶化している。本研究のような「グリム兄弟の業績全体を精査して、再びメルヒェンの素材へと回帰する」方法論は、「グリム研究=メルヒェン研究」という先入観に捕われている日本にはまだ少ないが、「国際民間伝承文芸学会第14回タルトゥ会議」(平成17年8月、於エストニア・タルトゥ大学)等では高い評価を得ている。 グリム兄弟の「森」あるいは自然への思念は、環境としての「自然」のみならず、己自身あるいは民族の根源としての「自然」の価値を説くものである。本研究第二の目的は、現代日本における「自然(森)との共生」教育に、畏敬の対象あるいは異界としての森という精神文化史的観点を導入し、伝承文学(グリム研究を含む)を用いた「森のエコロジー」教育の提案と実践を試みることにある。前年度に引き続き本年度も、講義「〈魔女〉像の比較文化研究」(東洋大学)において、西洋キリスト教文化における「魔女」像の変容の軌跡を辿りながら、一方で受講生には、「魔女」の存在の是非について、この表象の拠り所としての自然(森)の「異界性」の重要性について考察してもらった。これらの資料分析を続行し、「〈魔女-森-自然〉との共生」という形での、伝承文学研究を用いたエコロジー教育の意義を考察し提言とすることが、次年度の課題である。
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