平成18年度はThe Comedy of Errorsを中心として研究を進め、この劇における航海とナショナリズムの主題を考察する際には『オデュッセイア』に登場する、毒薬で男を獣の姿に変える魔女circeとその文学的伝統が重要であることが確認された。平成19年度はこの成果に基づいて、Periclesに関してCirceを取り巻く様々な伝統との関係を考察した。特にMarinaが売られてきたMytileneの売春宿で客の男たちを改心させる場面に着目し、この場面におけるMarinaをCirceと比較した。Circeは性的魅力によって男性を骨抜きにしてしまう魔女として描かれてきた伝統があり、貞淑な乙女であるMarinaは性的に積極的であるCirceとは対極的な存在であるように見える。しかしながら、男たちからその性的能力を奪っている点で、MarinaはCirceの伝統の中に位置づけられる可能性が明らかになった。この指摘は西洋文学において繰り返し現れてくるCirceの伝統に新たな側面を付け加えるものである。 Circeはその被害者である男性の様々なアイデンティティに対する脅威となっており、初期近代イングランドではRoger AschamのThe Schoolmasterがイタリアを、Raphael Holinshedの『年代記』がアイルランドをそれぞれこの魔女にたとえてイングランド人男性への危険な魅力を表している。本研究で示されたThe Comedy of ErrorsならびにPericlesとCirceとの関連は、これらの劇が初期近代におけるイングランド人(男性)アイデンティティの脆弱性に関する言説の中に位置付けられることを明らかにするものである。
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