「ザ・タイムズ・デジタル・アーカイヴ」へのアクセス権を入手レ、ロンドンで発行された新聞「ザ・タイムズ」の記事を検索しているが、1845年12月27日のThe Cricket on the Hearthに対する書評記事以外には、ディケンズに対する記事はおおむね好評である。彼の文学作品はもとより、彼の編集した週刊誌Household WordsやAll the Year Roundの記事の一部を引用した記事もディケンズを非難していない。 ブリティッシュ・ライブラリーにある風刺漫画週刊誌「メフィストフィリーズ」は何回かに分けてコピーすることで全文を入手できた。挿絵画家の名前や発行人の名前は、DNBにも出ておらずその発行の全貌解明は出来なかったが風刺漫画の内容から明らかにディケンズに風刺の矢が向けられており、1845年12月に第一号が発行され1845年の3月には終刊を迎えていることが分かった。 推測の域を出ないが、「ザ・タイムズ」の文芸欄が、ディケンズが新しい日刊新聞を出すといううわさに反応して「炉辺のコオロギ」という作品に攻撃のペンを向けたように、ディケンズの「ザ・デイリー・ニューズ」の編集長就任にこの雑誌も関係している可能性がある。すなわち1月に新聞を創刊したが2月にはいるとディケンズは編集長のポストから離れており、それに呼応するかのように3月には「メフィストフィリーズ」も廃刊になっているからである。 ディケンズの週刊誌編集には今のところ否定的な記事は何処からも発見されておらず、作家としてのディケンズがジャーナリストとして思う存分手腕を発揮している。日刊紙発行のときのような反発は既存のジャーナリズムの中から出てきていない。
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