20世紀後葉、特に1980年代以降に、英国及び英連邦において、小説の語りを現在時制で行うという現象が、顕著な隆盛を見せている。本研究はこの現象の背景を探求する試みであった。初年度には、現在時制語りを用いている作品の個別論を展開するとともに、従来提唱されてきた現在時制(語り)に関する種々の理論やアプローチの妥当性を検証した。その結果、各先行研究は一定の範囲では十分な妥当性をそなえているものの、包括的な理論と呼ぶには不都合な事例も多く見つかることを立証、種々の理論は決して排他的な妥当性を持つものではなく、むしろ複合的に使用することが有効で、ヴァインリヒのテクスト文法における時制論のように、すでに新しい理論によって乗り越えられたと見なされてきた議論であっても一定の妥当性を持つ、と主張した。また、種々の理論が提唱する現在時制語りの特質のうち、どれを前景化するかは、作家個々人の判断や本能的感覚による部分が大きいことを示した。そうした判断や無意識的な選択を突き動かしていると思われる時代・社会的背景として、ポストコロニアル的状況が生み出した新しい歴史観と、マイノリティ文化の勃興という二つの要因を指摘した。「ミクロヒストリー」「下からの歴史」「被抑圧者からの文化記述や文化の発信」という意識を表現するための新しい手段として、規範逸脱的な感触を持つ現在時制語りが選択された。本研究のまとめとして、このような仮説を、新しい観点として提示することができた。
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