本年度は、ドイツ・ロマン派における水の精の歌の復活と消失の問題に集中的に取り組み、その成果の一端を平成18年度日本独文学会秋季研究発表会(於九州産業大学)のシンポジウム「ドイツ近代文学における<否定性>の契機とその働き」の枠内で発表した。 本発表「メールヒェンのパロディー-「ハインリヒ・ハイネのローレライ」-」によれば、ハイネの詩「ローレライ」は、ドイツ・ロマン派の文学的営為が凝縮する概念「メールヒェン」に依拠しながら、新しい「伝説」を捏造し、新しい「水の精」を案出したのである。ハイネは、ロマン派による論争と実践によって定着したメールヒェン概念を踏まえながらロマン派の文学的営為に浸り、同時にそれに醒めたまなざしを投げかける。この詩は、ライン川中流の巨岩をめぐって当時流布していた言説を巧みに利用しながら「民衆メールヒェン」を装い、同時に「創作メールヒェン」を志向することで、無名の人々による口承と特定の個人による書承という「メールヒェン」の二重性を体現する。眼目は詩の始めと終わりに置かれた「私」に対する「メールヒェン」の憑依、つまりローレライの美しい姿と美しい歌声にある。「ハインリヒ・ハイネのローレライ」の偽装はまさにこの新たな誘惑手段によって可能になり、併せてそれは他者のみを貶める「他動詞的パロディー」ではなく、自己をも解体する「再帰動詞的パロディー」となっていくのである。 なお、シンポジウム論集は日本独文学会研究叢書として2007年6月に刊行される。
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