本研究は三年計画で、三人の南部アグレーリアンの「伝記」作品に焦点を当て、そこから各作家・詩人の南部文芸復興における位置づけ、さらには当時の時代思潮の基底にある思考や認識の枠組みを掘りおこすことを目的としているが、平成18年度は研究自体の方法論的考察として、自伝や伝記を書くという営みを理論的に考察することを主たる目的としていた。 その目的に沿って以下のような研究を行い、いくらかの成果を得た。 (1)歴史研究や現代思想におけるいわゆる「言語論的転回」の流れを踏まえつつ、従来の自伝論や伝記論のアプローチをおおまかに整理する作業を行った。具体的には、自伝論に関しては主としてJames Olney編のAutobiography : Essays Theoretical and Critical、伝記論に関してはPeter FranceおよびWilliam St Clair共編のMapping Lives : The Uses of Biography所収の論考などに依拠しながら、語られる「生」から「自己」への力点の移動、近代的「自己」のあり方が必然的に喚起する不安、創造としての記憶、文書に記録された「生」と書き手の主観・性格の、書く行為における融合、といった論点が理論的考察の鍵となることを確認した。(なお、これらの考察は「自伝/伝記論のための予備的考察」として、雑誌掲載に向けて現在執筆中である。) (2)学会発表の依頼があって、南部アグレーリアンと同時代の作家ウィリアム・フォークナーの『アブサロム、アブサロム!』を取りあげ、そこに見られる「手紙」のエクリチュールに関する考察を行った。「手紙」は伝記執筆の不可欠の文書のひとつだといえようし、自伝の断片とみなすこともできる。その意味で、フォークナーの「手紙」のエクリチュールの考察は、自伝/伝記の理論的考察という本研究のテーマに貢献するものであった。なお、この論考は日本ウィリアム・フォークナー協会の機関誌『フォークナー』9号に掲載されることになっている。
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