本年度も昨年度に引き続き、米国カリフォルニア大学バークレー校およびニューメキシコ大学においてアメリカ南西部の文化における境域(ボーダー)概念を理解することを目的とした調査・研究を進めた。特に、ニューメキシコ大学のアメリカ南西部研究所(Center for Southwest Research)では、1960年代ごろのチカーノの政治運動を表象する文芸誌や新聞記事などの一次資料を収集し、チカーノの社会運動が文学の興隆にどのように関連しているかということについて知見を得ることができた。また、昨年の調査で収集した資料の講読から、チカーノ文化におけるラ・マリンチェが、混血人種や異文化混淆の象徴的存在として重要な女性であることがわかっていたが、今年度は、ニューメキシコ大学のチカーノ・イスパノ研究所(Center for Chicano Hispano Studies)のエンリケ・ラマドリッド教授と共に、ニューメキシコ大学キャンパス近郊にあるヒスパニック系の村落におけるラ・マリンチェの大衆文化的表象についての調査も行い、ラ・マリンチェの表象について、文学的アプローチのみならず文化人類学的アプローチからも検証を試みることができた。昨年度までの調査・研究で、ラ・マリンチェのほかにもラ・ジョローナなどメキシコ文化の伝説的な女性像がチカーナの文学的想像力に影響を与えているという理解を得ていたが、今年度に、ラ・マリンチェをめぐる言説や文学的表象についてこのような調査・研究を行ったことによって、本研究の中心テーマであるチカーナ文化についてさらに理解を深めることができた。今年度は、これらの研究の成果となる3つの単著論文をそれぞれ学術雑誌と図書に出版したほか、日本アメリカ学会において、本研究の理論的枠組である「境域」概念を、日系アメリカ人作家のカレン・テイ・ヤマシタの作品読解に応用した研究発表を行い、「境域」概念がアメリカ南西部という地域性のみにとどまらず、アメリカの文化的事象にも応用できる概念であるということを強調した。
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