英国のモダニズム作家D・H・ロレンス(1885-1930)の後期小説、とりわけ環太平洋地域を舞台とした小説を、批評理論ないし現代思想と共鳴あるいは対話、場合によっては対立させることにより、それぞれのテクストの新たな読解を提出する試みを、日本語による一冊の著書にまとめた。 第一章では、ロレンスの代表作とされる小説『恋する女たち』を扱い、ルネ・ジラールの欲望理論を援用することにより新たな読解を目指した。第二、三章は、『アーロンの杖』を扱い、小説の有機的統一といった観点から再評価することが不可能であること、ならびに全体主義的傾向も自己解体していることを論じた。また、ドゥルーズ=ガタリの「脱領土化/再領土化」という概念に着目することにより、二人の主人公アーロンとリリーの関係を新たに捉え直した。第四章では、『カンガルー』における群衆の概念あるいは表象の意味と機能を、同時代の社会的言説等との比較を通して明らかにした。 第五章は、『セント・モア』における「アジアの中心」という表象が具体的にはタタール地方を指す可能性が高いことを示したうえで、この表象が悪の起源とされていることに注目し、当時の英米における黄禍や汎モンゴル主義への危機感と『セント・モア』との関係を検討した。第六章は、『セント・モア』における自然と文明の概念を再考し、このテクストの提示する破壊的創造という優生学的ヴィジョンを分析した。第七章では、ラカン/ジジェクやウォルター・ベン・マイケルズの概念を参照し、『セント・モア』における「アジアの中心」という表象は、イギリスとアメリカを一時的に結ぶ媒体であることを主張した。第八章は、ナチズムやポストコロニアリズムも視野に入れつつ、『羽毛の蛇』における性の表象をミシェル・フーコーが引用した主人公ケイトの言葉を出発点として考察した。
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