研究概要 |
本年度は第一に、電子化済みの『ムスチスラフ福音書』(Mst)本文の核正作業を前半まで終了した。又イーゴリ・フォントに欠けていた文字を新造し、前半部分中の当該文字を修正した。第二に、Mst本文の特性の一つにつき知見を得た。前回・前々回の研究において服部はルーシ成立文献テクストの,特に他カノン・テクストとの異読に注目し,そこに編集性・意図的改変が認められること,さらにこれがルーシでの文章語成立の重要な要素となったことを指摘した。今回,岩井はこれに触発され,Mstがfull-aprakosという性格上同一verse1073中,2つ以上の重出が多く期待できることを前提として,重出テクスト間の差異を調査・検討した。マタイ伝に限定し、語彙の側面に注目した。マタイ伝総verse1073中,2つ以上の重出テクストの存在は444箇所。内196が同文。残248において(1)重出テクストは一方は伝統的verseを残し,他方は改変形を残すという方式が傾向的に認められる。(2)この改変はmenologion部分に多く発生する。(3)改変はキュリロス・メトディオス以来の伝統的用語をまずカノン内のシノニム・ダブレットを使用して,次にシュメオン帝期ブルガリアの用語で置換するという方式がなされたようにみられる。(3)この方式は釈義とも考えうる。(4)これが進んで東スラブ語独白の言い換え迄至った例がある。例<<NPABO>>。以上から,Mstでの意識的テクスト操作の存在が明らかになったと考える。
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