研究概要 |
最終年度である故にこれ迄の研究の総まとめを行ない,学会に知見を共有してもらうために年度末に報告書を作成し,研究者および関係機間に配布した。本年度は,岩井は従来の手法を用いて,Mstの重出テクストの問題につき残余のマルコ伝およびルカ伝を材料として研究し,特に重出の同一テクスト間に出現するtenseの差に着目し,aoristとimperfectの混淆に,ロシア語史上におけるMstを特徴づける位置が存すると考えた。文章語としてのtenseの体系へ東スラブ口語が浸蝕してゆく萠しは,先行のOstr 1056-57,とりわけArch 1092に顕著であり,後者はMstよりも語史上の資料として重要であることは言を俟たぬが,Mstはかかる東スラブ語内での文語と口語との衝突と相克と経た後,文章語としての古代ロシア文語を次のステージに引き上げつつあるプロセス中に位置するとみる。服部はaprakosの編集に注目し,synaxarionとmenologionに加えられる形でaprakosを構成している「主日の早課の十一の福音」の配置場所に着目し,カノン・テクストのaprakosとOstr, Arch, Mstなどの対照を行ない,その結果古代ロシア文語成立の過程における上記3本の位置づけ等につき,これ迄の我々の研究成果の再確認を行なった。特にMstにつき,本書がスラブ独自のaprakosであること,即ちキエフ・ルシが蓄積してきたキリスト教文化を十分に活用し拡充した特別の新しいタイプのアプラコスであること,さらに後世写本群に対し,Archとは別個の流れを形成する基となったものであると結論づける。以上は具体的証拠を提示した知見である。Mstの正順・逆順索引も一応完成した。
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