1960年代から70年代にかけての人種差別撤廃運動は、アフリカ系アメリカ人の間では、ネイション・オブ・イスラムの発生からマルコム X の影響力の拡大を経て、ブラック・パンサー党の反体制的な政治的活動へとつながっていった。この運動の中で重要なのが、イスラム教の存在である。一方この時期には、活動家たちが国家の厳しい弾圧を受け、活動は発展せず、黒人のイスラム組織はどれも崩壊または大幅に変化せざるを得なくなった。 人種差別撤廃運動時代の影響は、文化的にみると、活動家らの子どもの世代に現れている。彼らはヒップホップ世代(またはラップ世代)と呼ばれ、都会のゲットーで育ち路上での音楽活動で自己表現をしてきた。親の世代が賛同した共産主義や社会主義には幻滅し、反動的に過激な金銭至上主義を標榜するが、その内容は、自らの極貧と家族崩壊の体験に基づいているだけに複雑である。彼らの歌には、宗教、信条、性差別、人種意識、政治批判、犯罪など、現代社会が抱えるさまざまな問題が盛り込まれている。イスラム教に対しても、微妙な距離のとり方をしている。 アフリカ系アメリカ人が、人種差別撤廃運動の幻滅とイスラム教を経て現在どのような位置にいるのか、彼らの発信する音楽文化の意味は何か、指摘されるべき問題は何で、それをアメリカ社会はどうとらえているのか。また、日本のヒップホップの流行とはどうかかわりがあるのか。今後は、これらの点をさらに詳しく調査、考察していく予定である。特に、ヒップホップ文化が世界中の若者に支持されていることを念頭において、彼らの「破壊的欲望と創造のメカニズム」を明らかにするべく、今後の分析をすすめたい。
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