今年度は本研究の最終年度になるので、総括的な報告を行いたい。 本研究は当初、アフリカ系アメリカ人の創造的活力と破壊的ないしは暴力的活力との根源を探るために、イスラム教の影響を検討しようとするものであった。イスラム教に注目した理由は、キリスト教が奴隷時代に支配者層に強制された宗教であるとの認識から、積極的にイスラム教に改宗した人々が相当数いたからである。またマルコムXやモハメド・アリのような影響力の大きい人物の重要性に注目して、ブラック・ムスリム(黒人イスラム教徒)の文化を、言語文化と音楽を中心に追求しようとした。 しかし研究半ばで気づいたことは、イスラームに改宗した人々に関してさえ、アフリカ系アメリカ人の現代文化でもっとも影響力があり新たな創造と破壊とにかかわっているのは、奴隷時代からの伝統を保ちつつ精力的に展開している彼らの口頭文化であるということだった。そこで研究期間の後半は、アフリカ系アメリカ人の口頭文化を奴隷時代から現代に至るまで分析的に概観することに方向を変えた。 口頭文化の展開の中でイスラームがどのようなインパクトを持ってきたかを探ることは可能である。本研究期間の前半に奴隷時代に直接発した黒人霊歌についてまとまった研究ができたので、後半はマルコムXの思想とかかわりの深いヒップホップを研究し、資料を収集、検討してきた。今後は、ヒップホップ発生までのアフリカ系アメリカ人の口頭詩についてまとめ、さらにヒップホップについて総合的に検討したい。これによって、アフリカ系アメリカ人の口頭詩全体が把握でき、その環境の中でイスラム教が彼らの文化にどう活力を継ぎ足してきたのかを指摘できると考えている。
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