21年度は、13~14世紀に書かれた文学作品の翻訳の状況について考察した。オリジナルがフランス語やラテン語であるテキストが英語に訳されている場合と、英語で書かれたオリジナルがフランス語またはラテン語に訳された場合について調査した。両者の読者層(聴衆)を考察・比較し、中世後期のイギリスにおける多言語社会の実態のいくつかを明らかにした。特に興味深いのは後者である。最初は、権威があると考えられたラテン語やフランス語を理解できない人々のために英語の翻訳が作成されていたが、13世紀初期になると、英語で優れた作品が生み出されるようになり、それらは女性だけでなく、多くの男性にも読まれるようになる。そして、英語のオリジナルに権威付けをするためにラテン語版が作成されたのである。また、英語に訳された写本が、男性の修道士の暮らす修道院の図書館にも入っていたことも明らかになった。中世研究の分野では、写本の読者層、使用者についての研究は始まったばかりで、これによって、当時の言語事情を探ろうとする試みは、まだ本格的には行われてはいない。この角度から写本研究を行うアプローチは斬新であると考えられる。 夏には、イギリスのケンブリッジ大学図書館で研究調査を行いながら、現地で中世の分野の研究者との交流を行った。同時に、ケンブリッジ図書館では、日本で入手が困難な資料をコピーした。また、写本のマイクロフィルムも購入した。今後の研究の発展にも役立つ資料を多く入手することができた。平成22年3月には、単行本を編著者として刊行した。
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