研究概要 |
虚構においてであれ非虚構においてであれ,「物語」は言語的事象として捉えられてきた。演劇や映画あるいは絵画や舞踊においても物語は表現される。しかしそれらが含む物語的要素とは言語によって要約・再話できる,つまり出来事の継起として命題的に記述できる部分のことであり,それ自体はメディアから独立している。この考え方を採る限り,比較ジャンル論的な物語論は意味をなさない。しかし近年,マリー=ロール・ライアンらが精力的に論じているように(例えば,Marie-Laure Ryan(ed.), Narrative across Media, Univ.of Nebraska Press, 2004),物語はそれがどのようなジャンルないしメディアに盛られるかに応じて多様なあり方を見せる。この物語のメディア依存的性質を検討することで,逆に物語性とは何であるかを改めて問い直すこともできるはずである。本年度の主たる研究対象は文学であり,もちろんこれは物語を最も明示的に語る媒体である。間ジャンル的な観点からは,物語の時間性がひとつの問題となる。例えば,現代の大衆的な小説では会話の占める割合が非常に大きい。小説では元来,物語進行の順序や時間スケールを語り手が自在に設定できるが,口語的コミュニケーション・ジャンルとしての会話は,リアルタイムでの進行・展開によって特徴づけられる。会話描写の増大は,描写される会話それ自体の時間とそこで語られる物語内容の時間の交錯,会話者として語り手が登場人物化することによる語りの二重化などをもたらす。話し言葉と書き言葉のメディア的な違いを利用することで,物語はより直観的なリアリティを獲得するであろう。これは純粋な概念的構成の自由度を代償としながらも,映画のような知覚的に複合したディアとの競合関係の中で,文学が擬似的にマルチ・メディア化してゆこうとしている徴候と見なすことができる。
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