本研究の分析対象は次の5つである。(1)HIV/エイズをめぐる物語芸術全般(映画、ドラマ、演劇など)(2)若者の性的自己決定を描くヤングアダルト小説(3)若い女の性を描く小説(4)社会の性風俗を描く小説(5)草の根の自分史「メモリーブック」。本年度は、これら5つの分析をそれぞれ精緻にするとともに、一つのアイディアにまとめるよう構想した。 1.(1)のHIV/エイズをめぐる物語芸術について、資料をさらに収集し、全体像をまとめた。広島大学の情報科目の教科書に、その成果を反映させた。 以下のことが明らかになった。HIV/エイズのキャンペーンで物語芸術を応用するに際して、マスメディアを利用した教育目的の娯楽「エドゥテインメント」は、国全体に一定の知識を行き渡らせるのに便利であり、参加型のイベントやパンフレットなどを併用することで、さらに情報を浸透させる。一方、参加型の演劇や映画上映会では、提供者と観客が一体になって、情報がその場で生成されるというダイナミズムが見られる。 2.HIV/エイズを扱った主要な小説作品を分析した。 まず(2)のヤングアダルト小説『はるか彼方』論を米国の学術誌に発表した。さらに(3)の女の性を描く小説『熱帯魚』論を学会誌に発表した。また(4)の性風俗を描く小説『花なしでなく』論は20年度に発表ずみだったが、大幅に加筆修正し、22年度に発表を予定している。 これらの分析をとおして、以下のことが明らかになった。上の1に述べたキャンペーンの物語芸術とは違って、文学的な物語としての小説は、個人が社会の異性愛主義の言説を内面化する仕組みを、読者に距離をもって精緻に追体験させることで、批判的にとらえさせる。この精緻な言説性と批判的な距離が小説の特長であり、キャンペーンの物語芸術がもたらす総合的な理解を補完する。 3.(5)草の根の女が書いた自分史である「メモリー・ブック」について、学会で口頭発表を行い、さらに学会の会報に概説を発表した。
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