敦煌出土唐五代写本(敦煌文献)の研究のうち、講唱文学(あるいは説唱文学)文献300点あまりのうち、説話文学作品3種を中心に日中両国研究者の共同作業によって翻刻資料を作成し、これらの資料をもとに唐宋代中国の講唱文学と同時代日本における説話文学発展に関する比較研究を行った。扱った資料は、『孝子伝』、『金蔵要集論』や『諸経雑縁喩因由記』などの説話集である。これらの資料は、敦煌の講唱文学文献の研究において未解決の問題が多く残されていた資料であり、今回これらの調査を行ったことによって多くの事実を発見することができた。 今回扱った資料の中でも、『金蔵要集論』は中国唐代ころまでに編纂されたとされる説話集であり、早くに日本へ伝来して、わが国最古とされる『日本霊異記』成立へ影響したとされる、日本説話史研究においてもきわめて重要な資料である。『諸経雑縁喩因由記』もまたこれに類する説話集である。日本・中国のいずれの目録にも記録がないために学界の注目を集めたことはないが、中国では俗講などの講唱に使われていた文献であることは敦煌資料の記載から見ても明らかであり、当時どのように説話が行われていたか、その具体的な状況を敦煌資料によって知ることができるのである。さらにこれらの敦煌文献は伝世本などとは異なる当時のままの状態を残す出土文献であったため、これらの文献には当時の講唱に実際に使われていた未整理の台本・手控えの類が多く混ざっており、講唱の場にあわせた改変がみられていた。具体的には仏教経典内の故事や『金蔵要集論』などの説話集から説話を抜粋して講唱の手控えとして大幅に書き換えている写本なども見られていたのである。 こうした資料を改めて調査しなおしたことによって、写本の書き換えの状況から当時の講唱文学の発展の状況を明かすことができたばかりか、日本説話文学、唱導文学研究に貴重な資料を提供できたものと思う。
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