研究概要 |
本年度は、現代アイルランド語における比較構文内部に生じている移動現象について、昨年度の結果をもとに、さらに詳細に調査した。アイルランド語には、補文標識(COMP)が3種類存在する(go 'that,' aL (direct relative marker), and aN (indirect relative marker))。また、移動が関与すれば、痕跡(trace)が残り、そうでなければ、残余代名詞(resumptive pronoun)が現れる。本年度の調査では、昨年度の調査の拡張として、COMPが3つある例文で検証し、どの組み合わせが可能であるか調査した。(アイルランド語には、3つの主要な方言があるが、今回の調査では、問題を明確にするために、データは、アルスター方言からのものに限定した。)COMPが3種類あり、それが生じうる箇所が3箇所あり、また、chainの最後尾が、traceか残resumptive pronounかの2種類あるので、論理的組み合わせは、(COMP1, COMP2, COMP3, trace (t)/resumptive pronoun (rp))のchainにおいて、3×3×3×2=54通りある。調査の結果は、以下に示される。 1. まず、chainの最初の要素(COMP1)が、goである例文は、全て非文であったので、54通りの中、18通りは、不可能で、残りは、36通りとなる。 2. その中、最後の要素が、resumptive pronounである文は、全て非文であったので、36通りの中、18通りが不可能であった。したがって、残りは、18通りとなる。 3. その中、(COMP3 t/rp)の関係が、(aL, rp)、(aN, t)、(go, t)の場合は、全て非文となり、12通りが不可能であった。したがって、残りは、以下の6通りとなった。 a. (aL, aL, aL, t) b. (aL, aN, aL, t) c. (aL, go, aL, t) d. (aN, aL, aL, t) e. (aN, aN, aL, t) f. (aN, go, aL, t) これは、比較構文のチェインは、痕跡で終わることができないということを示しており、さらに、局所性の制約を考慮に入れると、狭義の統語論上の制限ではなく、移動する要素(範疇)の意味論上の制限が大きく関わっていることを示唆している(Akira Watanabe(私信))。
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