研究期間の初年度は、コーパスのデータを利用して、研究の中心となる「談話における名詞句の選択と分布が談話単位内部の局所的な結束性にとどまらず、談話単位をこえた談話の大局的な整合性とも深くかかわっている」という仮説をセンタリング理論を拡張したキャッシュモデルを援用することによって説明することである。 谷村・吉田(2003)では、日英語の語りを収集したデータを統計処理し、センタリングモデルによって分析した。Yoshida(2005)、および吉田(2006)ではモデルが提唱する4つの遷移パターンの認定とそれぞれの遷移における指示形式に注目し、日英のデータを分析し比較した。こうした成果に基づき、センタリング理論における遷移パターンの分析をおこなった結果は、当初予測したこととは異なることが判明した。センタリングの予測では、談話の整合性は、(ゼロ)代名詞によって最も効果的に維持される傾向があり、談話単位内で名詞句が初出以外で継続して生起することは整合性をそこなうと解釈される。一方で名詞句が談話単位を越えて使用される場合は、談話からそれてしまった話題をもう一度呼び起こすために用いられ、談話の整合性をむしろ回復させるとも考えられる。しかしながら、筆者は、対話における名詞句の継続的な使用は話題の連鎖を形成し、談話単位を超えても話題の中心はキャッシュと呼ばれる短期記憶の中に保管され、必要に応じて呼び出されるのではないかと仮定する。 さらに、本年度は、名詞句により話題が維持される要因を探るために、センタリング理論を拡張したキャッシュモデルを援用し、「中心化」「キャッシュ」「ポップ」として定義される計算言語学の談話モデルにおける概念を利用してこうした現象を説明することに着手した。今後は、談話の整合性は、文法や語順に基づく規則性よりはむしろ談話の相互作用性や顕在性の認識という語用論的機能に影響されるという方向性を探る予定である。
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