昨年度は、おもに二重目的語文を取り上げた。先秦・両漢期の文献の中から、時代の異なる数種を選択し、それぞれにおける与格動詞の使用状況を共時的に分析した。さらにいくつかの語彙については、語義と、構成する構文の種類との関連を明らかにした。また文献資料として後漢及び三国期の「注釈類」を加えることを検討した。古典本文に加えられた注釈には、紀元前3世紀あたりの言語表現を、紀元後3世紀あたりの言語表現に置き換える処置が散見する。昨年度はその一例として、『国語』韋昭注を取り上げた。紀元前の『国語』本文では使動用法となっているところが、紀元後の韋昭注では使令兼語式(「〜使む」を使用)で表現されていたり、二重目的語文となっているところが単一目的語文で表現されていたりするなど、両者の差異は語法史的に重要な意味をもつ。しかし『国語』及び韋昭注を語法資料として取り上げようとすると、版本の問題、韋昭注の成立過程など、先に解決すべき課題が少なくない。語法研究の準備段階として、『国語』諸版本の伝来および特徴、韋昭注の性格などを可能な限り明らかにしておくことが、新たな研究目的として浮上する。昨年度は、こころみに版本に関する先行研究の見直しを行った。『国語』の版本に関しては大野峻「国語公序本の再評価」(『東海大学紀要文学部』第22輯)が詳しい。一部改編されたものが新釈漢文大系『国語』の解題に収録されていることから、それがわが国における『国語』版本の定説となっていると思われる。しかしその記述を清朝人の題跋や『四庫提要』と読み比べていくと、事実に合わない箇所がいくつもみられる。昨年度は、二系統の版本-明道本と公序本-の成立過程と特徴を、清朝人の序跋や題跋を丁寧に読み解くことにより明らかにし、定説となっている先行研究の見直しを行ない、その成果の一部を「中国語学会第一回関東支部拡大例会」(於明治大学)において口頭発表した。
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