音声への遺伝と環境の影響を明らかにするために、個人音声を規定する音響学的特性と生理学的側面を調べることを目標に、本年度の研究課題に取り組んだ: (1)音響特性では、成人の音声資料の分析より、前年度までの研究でも指摘してきた音声基本周波数の平均に加えて、文・文章生成時の基本周波数foの範囲と無意味音節VCV生成時の有声閉鎖音の前の声帯振動(voice lead)が個人差を顕在化させる可能性が示された。 (2)成人双生児(一卵性と二卵性)の発声発語の音響分析より、声の高さ(平均)と使用範囲、発語1速度、発語での共鳴周波数(Fn)の変化量で似ていた。これは、言語経験と運動能力を反映する音声の側面と考えられる。 (3)生理学的(空気力学的)計測では、言語性と非言語性での流量と圧力の制御に違いがあるかを大学生4名での10試行の変動係数で調べた。唇・舌で制御された流量の変動は言語性課題でいくぶん小さく、非言語性課題の弱く条件で変動が大きかった。声門での流量制御は、非言語性課題での変動が小さかった。口腔内圧は、言語性と非言語性課題で違いはなく、弱く条件でいずれも変動が大きかった。言語性と非言語性課題で、持続時間や区間平均・変化量での違いがあるかを分析をすすめて行く。 (4)発語時の口の開きの程度を大学生8名を対象にレーザー光線で計測した。前舌母音(狭イ、半狭エ、広ア)とも、口の開きは大きな声で最も大きく、ついでマスキングノイズと明瞭発語条件であった。発声時と比べて、発語時に口の開きは狭く、特に半狭と広母音で制限されていた。 (5)言語による音声制御の背景を知るために、日本語特殊音素の知覚判断の境界を求めた。日本語話者では、促音と閉鎖音(閉鎖区間の持続時間)で150ms前後、長音(母音の持続時間)で120ms前後であった。これが英語・中国語話者ではこの境界が異なるため、特殊音素の生成の時間的調整が難しいことの背景にあると考えられる。
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