本年度は、音声と統語処理のインターフェイスから探る強勢変異形の出現メカニズムに関する研究の最終年度として、これまでに明らかにしてきた事柄について詳細な音響音声学的分析を行い、実証的側面を強化するとともにそれと並行して「境界マッピングと境界削除」の枠組みを用いた強勢衝突と強勢移動に関する記述・解釈について理論的展開を行った。 現代イギリス英語において強勢変異を示す形容詞について、英語母語話者による発話録音の分析を行い、強勢衝突を避けるために話者が用いることのできるストラテジーには2種類あることを明らかにし、話者による統語境界の解釈によって変異を許容する音声的実現が起こりうることを示した。強勢変異形を生じる形容詞と名詞句の構造を検討した結果、問題となる形容詞の直後の統語境界において英語母語話者が句境界標識を認識するか否かによって2通りの強勢配置が可能となり、前者の場合、統語境界直前の音節の長化および統語境界直後の名詞句の基本周波数のリセットを行うことにより強勢衝突を回避し、結果的に英語の好韻律性を確保していることを音響学的測定値を示しながら明らかにした。 これらの知見は、英語の強勢衝突に関するこれまでの文献の記述をより正確にするものである。従来、強勢移動は強勢の置かれた連続する2つの音節が引き金となる局所的な現象として記述されてきたが、この現象は音韻と統語の相互作用により生じるもので、単に連続する音節でなく、それらが同一句内にあることが必須条件であり、英語母語話者は言語処理過程においてこの統語情報を利用していることを実証的に示した。
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