研究の全体構想は理論自体の組織だてを組み直すことで音韻理論の一般的な仕組みを再提案することである。この研究課題が求める理論体系は、複数の計算装置を並列的に配置し、それら相互の均衡関係の中から最適な出力を産むというものであった。本研究課題は、自然言語の音韻過程は、複数の調音、聴覚器官(計算装置)の均衡(equilibrium)として捉えられると想定し、この想定を反証可能な音韻理論の構築によって具現するということを具体的な目的としている。均衡という着想は、意思(行為)決定理論の仮説「ナッシュ均衡」という社会科学的な枠組みに由来するものである。 音韻部門が幾つかの生成装置からなっており、生成装置からのそれぞれの出力を相対化し、ゲーム理論による手法でもって相対的に評価することで最適な出力を計算するという方式を提案したものである。ここでは理論言語学の基礎理論としてゲーム理論を措定しており、最適性理論とは大きく異なり、音韻出力を一定の数のものとするという、テーゼを打ち出している。他方、最適性理論は、生成装置は一つと仮定しており、生成される出力は無限であり、その中から最適なものを選び取るという手法をとる。演算に要する実際の時間というものを考慮するならば、私が提案する枠組みは最適性理論のものよりも優れていると考えている。また実質的に無限の出力の集合から最適なものを一つ指定するという作業は認知的な実質に適合しないと思われる。私の提案によるとJackendoffの措定している対応規則は不要となる。なぜならば、音韻、意味概念、統語の表示間の最適な連結をゲーム理論的に規定する内容になっているからである。さらに本論は、ゲーム理論を意志決定の単位を様々のレベルに措定しているということである。1人の人の中に複数の生成装置を措定すると共に、複数の人々からなる集団をも同様に捉えられることを明確にした。
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