釧路アイヌ文化懇話会、釧路アイヌ語の会会長として、道東のアイヌ語研究、アイヌ語・アイヌ文化再生運動を牽引する松本成美の活動を調べ、この課題に立ち向かうにはアイヌ民族の努力とともに、非アイヌ=和人の共同作業が不可欠であるという仮説のもとに、現地調査を行った。平成19年度も釧路地方に2回、東京アイヌ文化交流センターに1回出かけ、聴取と資料整理により、松本の活動をまとめた。 松本のアイヌ語・アイヌ文化への傾倒は(1)貫塩喜蔵の『サコロペ』、(2)山本多助の『アイヌモシリ』、(3)吉良平治郎の事跡という3つの主要な出会いに負うと言える。今、それぞれについてまとめた成果報告書を用意している。松本の活動の特徴のもうひとつは、アイデンティティの根幹をなすとも言える言語を初め、一切を奪われたアイヌ民族への同情、日本の支配・同化政策への義憤もむろん存在するが、それ以上に、アイヌ語とアイヌ文化の豊かさに魅入られたことにある。『サコロペ』のようなおもしろいものを失ってはならないという喜蔵翁の思いが松本にも乗り移ったかのようである。一方、北海道のみならず、本州・四国・九州の地名もアイヌ語起源のものがよくあるという山本多助の研究に触発され、地名研究にも力を入れたことがある。アイヌ語が松本の探究心を刺激するのだ。両翁との出会い以降、松本の人生はアイヌ語・アイヌ文化研究、民族差別研究、成果の編纂・出版等に捧げられている。まさに「アイヌ語・アイヌ文化との出会いがなければ、私の人生はない」のである。その松本が、今、力を入れるのは「責任吉良」として逓信省から郵便事業従事者の鏡とされた吉良平治郎の事跡の研究、それを市民劇として上演すること、さらに劇を紙芝居にして、吉良がアイヌであったこと、理不尽な差別を受けたこと、通説を批判的に検討し、最後まで生きようとしたことを実証し、それを子どもたちに伝えることだ。この啓発活動もアイヌとシサムの共同作業で行われ、松本の共生思想がはっきりと具現されている。また、上記の3つの活動およびそれ以外、アイヌの衣装と紋様、アイヌの食文化など多岐にわたり、差別の構造の解明も進む。好奇心は80歳の今、衰えを知らない。
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