本研究の目的は日本人英語学習者による3単現の-sと規則変化動詞の過去形-edの使用の随意性について要因を明らかにすることである。平成19年度は日本人英語学習者の一致形態素に密接に関連していると考えられる動詞統語的素性の知識を調べる目的で、心理言語学的手法を用いて実験を行った。第二言語習得研究では第二言語学習者は文法素性を習得できるが表層の形態や音形に表出する際に問題が生じるとする表層屈折欠損仮説(MSIH)と特定の文法素性の習得自体に問題があるとする素性標示不全仮説(RDH)が対立している。前者が正しければ、日本人英語学習者は少なくとも時制構造を習得した段階で英語の本動詞が動詞の繰上げの適用を逃れることを習得しているはずである。 センテンス・マッチング・タスクにより、動詞の繰上げを含む文と含まない文を母語話者と学習者が処理する速度を測定した結果、母語話者は動詞の繰上げを含まない文に比較して動詞の繰上げを含む文で処理速度が有意に遅く、日本人学習者の場合は二つの文タイプ間で処理速度に有意な違いは無いことが分かった。また、学習者の一般的な習熟度の違いと文タイプ間の処理速度との相互作用も検出されなかった。さらに、この二種類の文タイプ間の文法性の違いについては学習者の習熟度が高くなるにつれて判断が十分可能であることが判明した。この結果は、日本人英語学習者が英語の文における動詞の位置についての顕在的な知識を発達させることが可能であることを示す。一方で、日本人英語学習者は英語の動詞が持つ動詞の繰上げに関わる素件(+/-strong[utense])を習得することが困難(あるいは不可能)であることを示唆する。よって、今回の結果は第二言語習得の仮説の中で、表層屈折欠損仮説(MSIH)を退け、素性標示不全仮説(RDH)を支持する点で重要である。
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