1.不平等条約の実態について、幕末・明治初期における英国外交文書を分析した。 2.租界経営に関して、上海工部局董事会議事録を分析し、共同租界の経営における列強の共同歩調の実態について分析した。 1の分析の結果、幕末に惹起した日英紛争に関して、薩英戦争を除いて、英国は日本に対する外交交渉や、軍事介入の場合、単独では行動せず、ほぼ例外なく列強との共同行動を志向していたことが判明した。 とくに1864年の四国艦隊による下関砲撃事件の際には、こうした軍事干渉が不平等条約体制の維持に対して、影響を及ぼすことを懸念し、当初はきわめて消極的な態度を示していたこと、干渉に踏み切っても、単独では行動せず、仏・米など諸列強の艦船の集結を待ってから共同行動に出ていること、などが確認された。 この事実は、不平等条約の維持が、列強の共同利害として認識されており、植民地化に対する外交的牽制機能を果たしていたことを意味している。これまでの植民地化の可能性に関する論争に決着をつける事実として重要である。
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