本研究は、工藤平助の著作『赤蝦夷風説考』の内容を再検討し、地誌、及び、経世論としての歴史的意義を明らかにしようとするものである。本年度は、後者の問題について、本書で展開された蝦夷地開発論を、それ以前の蝦夷地開発論と比較し、その画期性を明らかにした。具体的には、並河天民著「闢彊録」・坂倉源次郎「北海随筆」・平秩東作「東遊記」との比較を行った。近世初の蝦夷地開発論として注目されてきた「闢彊録」の研究では、原本を発見し、その紹介を行った。また、同時に発見した周辺史料を検討し、君主論として蝦夷地開発の必要を論じた本書が、公にされることのないままに終わったことが確定できた。坂倉源次郎の「北海随筆」は、36点の写本を集め、それらの検討を行うことにより、本書成立の過程を明らかにした。本書の意義を正確に把握するには、成立の契機が重要であるが、本書はその事情を語る史料に欠けるため、各種の写本を精査する以外に方法はなかった。現存する写本の数があまりに多いため試みられることはなかったが、本研究により、鉱山開発の効用に重点をおいた本書の蝦夷地開発論が、「闢彊録」よりもはるかに影響が大きかったことが確定できた。「東遊記」については、従来参照されることのなかった筆者平秩東作の他の著書を参照することにより、蝦夷地に対して商品生産地としての可能性を見いだした最初の書物であることが明らかとなった。これら三著に対して、「赤蝦夷風説考」は、ロシアに対抗する戦略として蝦夷地開発を論じたものであり、対外的視点が導入された点で、また、幕府の政策に直接影響を及ぼしたという点で、画期的な書物であったことが明白となった。
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