研究概要 |
2007年度は古記録を中心に時間遵守観念(あるいは時間を厳守しないことを許容する観念)の検出を行い、その観念を形成した歴史的要因の解明を目的とする作業を開始した。ただし作業を途中まで進めた段階で、時間遵守観念(または逆の観念)の存在を示す史料は少なからず検出できるものの、その背景を端的に示すものが必ずしも多くないことに気づいた。そのため、一時軌道修正を行うこととした。具体的には時間遵守の前提となる計時装置(特に漏刻)、報時制度に関する資料蒐集を行い、特に7世紀の漏刻導入より平安時代末期までの日本における計時装置の展開を確認した。さらに時間測定の基準となる天体観測と、天体の運行の仕組みである宇宙構造についての観念を、大化前代から平安時代に亘って諸史料において検討した。宇宙構造論を検討対象に含めたのは,前述の一般的理由と併せて、漏刻の中には宇宙構造モデルを象った仕様のものが存在するからである。この結果、次のことが判明した。まず日本の時刻制度と宇宙構造論は、中国南朝の仏教文化の一環として倭国段階に伝来し、これが律令国家期の時刻制度(および貴族官人等に対する時刻単位での仕事の強制システム)へと発展した。しかしこれらは本来は中国南朝のものであるため、日本の天象とは必ずしも合致しない。このことが結果的に貴族官人に、時刻単位での職務遂行を遵守させえない前提条件となったとの見通しをえた。また古代の日本では科学的思考が発達しなかったというのが、従来の通説であった。しかし8世紀の日本律令国家内では、中国の正統的な宇宙構造論である渾天説とならんで、すでに中国では勢力を失っていた蓋天説が支持されていたことを検出した。これは日本科学史において、重要な発見である。以上の成果は、中国におけるワークショップで口頭報告をした。またその内容は補訂の上、2008年度中に論文として発表する予定である。
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