本研究は平安貴族における時間意識の解明を目的とする。そこでその前提として不可欠な計時装置(漏刻=水時計)および時刻制度に関して先行研究および関連史料を検討したところ、次の結果となった。まず「日本古代の宇宙構造論と初期陰陽寮技術の起源」においては、いくつかの通説を覆す発見をした。従来の日本科学史の研究においては、大航海時代にヨーロッパ自然学・技術が伝来する以前の日本に関して、科学的な興味が弱く、宇宙構造についても関心が低かったというのが一般的であった。ところが本論文により古代・中世初期の日本では宇宙構造に関する関心が強く、特に中国では早くにその有効性が否定された蓋天説が仏教の須弥山説との類似性のため、渾天説とともに一貫して支持を得ていたことがわかった。また「十二時漏刻銘」で知られる平安時代末期の比叡山にあった漏刻が、実は蓋天説を模った水運蓋天儀であることも指摘した。この水運蓋天儀は梁武帝が作らせたそれとの関係が想定され、起源が不明であった日本の時刻制度である一日四十八刻制も、梁武帝が一時採用した九十六刻制の変形である可能性も指摘できた。以上から平安貴族の時間意識そのものの起源も、中国南朝並びに仏教を考慮すべきであることが明らかとなった。そして時間の目安となる天体の運行を平安貴族がどのように理解していたのかも判明した。つづいて「中国天文思想導入以前の倭国の天体観に関する覚書」では『入唐求法巡礼行記』の航海記事について古天文学的成果を利用しての検討などを行い、北部九州などの海民による天体観測、また北斗七星による計時の様相を指摘した。 本事業研究の計画では平安貴族の時間意識解明の前提は所与のものとしていたが、実際に作業を進める過程で未解明の問題をいくつも発見した。今年度の研究では前年度の作業をもふまえて、そうした問題をひとつならず解明できたものととらえている。
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