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2008 年度 実績報告書

康煕朝後半における内陸アジア政策の多元性と側近政治に関する研究

研究課題

研究課題/領域番号 18520532
研究機関筑波大学

研究代表者

楠木 賢道  筑波大学, 大学院・人文社会科学研究科, 准教授 (50234430)

キーワードシャンナン=ドルジ / サンゲ=ギャムツォ / ラサン=ハン / ダライ=ラマ / パンチェン=ラマ / 蒙古堂档 / 荻生北渓 / 志筑忠雄
研究概要

『清内閣蒙古堂梢』全22冊のなかから, ダライ=ラマ6世・ラサン=ハン・サンゲ=ギャムツォ・青海ホシュート部首長層自身が康煕帝に宛てた題本・表文を収集・翻訳し, かれらが康煕帝の側近であったシャンナン=ドルジ・アーナンダらをどのように認識していたか,また康煕帝がシャンナン=ドルジ,アーナンダという, 異なるタイプのモンゴル系側近を, なぜ同時に西寧に赴任させ, チベット・青海問題にあたらせたか, そのことが実際に効果があったかを検討した。
また, 当該時期の内陸アジア政策を含む清朝の統治政策について, 江戸時代の知識人はどのようにして情報を得ていたか, また理解の到達点はどのようなものであったかを,18世紀初頭の事例として, 荻生北渓の著作を中心に考察した。その結果,清朝が満洲族皇帝をいただく征服王朝であり, 伝統的な中華王朝とは異なり, 権力が分散的状況にあったこと, 官僚制よりも側近によって統治をおこなっていたことを, 荻生北渓が理解していたことを明らかにした。その成果は, 論文「江戸時代知識人が理解した清朝--日清関係の一側面」『別冊環清朝とは何か』 第16号 (印刷中) として公にした。
さらに19世紀初頭の事例として,志筑忠雄の 『二国会盟録』 を中心に考察した。その結果,志筑忠雄が清朝皇帝の王権が, チベット仏教を介してモンゴル帝国大ハーンであり元朝皇帝であるフビライの王権を継承するものであり, 清朝とロシアとが何とかプラグマティックにネルチンスク条約を締結できたのは, 両国がモンゴル帝国の継承国家だったからであるという理解に, 志筑忠雄が到達していたことを明らかにした。その成果は論文 「『二国会盟録』からみた志筑忠雄・安部龍平の清朝・北アジア理解--江戸時代知識人のNew Qing History?--」『社会文化史学』 第52号 (印刷中) として公にした。

  • 研究成果

    (3件)

すべて 2009 2008

すべて 雑誌論文 (2件) (うち査読あり 2件) 学会発表 (1件)

  • [雑誌論文] 江戸時代知識人が理解した清朝ー-日清関係の-側面2009

    • 著者名/発表者名
      楠木賢道
    • 雑誌名

      別冊環 第16号(印刷中)

    • 査読あり
  • [雑誌論文] 『二国会盟録』 からみた志筑忠雄・安部龍平の清朝・北アジア理解--江戸時代知識人のNew Qing History?--2009

    • 著者名/発表者名
      楠木賢道
    • 雑誌名

      『社会文化史学』 第52号(印刷中)

    • 査読あり
  • [学会発表] 『二国会盟録』 からみた志筑忠雄・安部龍平の清朝・北アジア理解 -- 江戸時代知識人のThe New Qing History? --2008

    • 著者名/発表者名
      楠木賢道
    • 学会等名
      社会文化史学会第44回大会
    • 発表場所
      筑波大学東京キャンパス
    • 年月日
      2008-08-02

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公開日: 2010-06-11   更新日: 2016-04-21  

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