本研究課題では、ウル第三王朝時代の王讃歌を、王碑文と対比させながら、1)シュメール語王碑文や王讃歌は、「知られた事実」のみを記すという単純な内容でないこと、2)王讃歌と王碑文は、年名とともに、王の自己表現として捉えられること、3)分析に当たっては、都市国家分立期、領域国家期、統一国家期に区分されるそれぞれの時代の特徴を考慮すること、この3つを前提にして検討した。本年度に得られた新知見は次のようになる。 王讃歌は、ウル第三王朝初代ウルナンムが、ウルナンム法典などの前文に記された王権授与の構図、神々が地上の支配権を或る神とその神が都市神である都市に下し、そのあとに人間である王を選ぶという構図に則り、王権を授与されたことを感謝し、大いなる神々と王都となったウルを讃える意図を持って新規に作り出したジャンルである。第2代シュルギは、ウルナンムの意図に加えて、自らが王権を担うに相応しい資質を有することを主題とした。なかでも、英雄時代のギルガメシュと現在の王シュルギを明確に対比させることで、英雄としての王のイメージを定着させた。 王讃歌に神たる王は描かれない。支配下諸都市が、神格化された王を守護神として祭ってはいるが、王自身は、君臨する王の威厳と超越性を、神ではなく、英雄として描く。ここに、メソポタミアにおける王の神格化の限界性がある。神たる王を強調しないとしても、王碑文との対比では、王讃歌は王を神々や英雄の世界に置いて讃える内容であり、王が実際に為した功業を讃える王碑文とは作成意図が全く異なるのである。 王讃歌は、王の功業という事実を丹念に追う表現ではなく、統一国家期における王権理念の表出である。王讃歌に豊かな表現を与えるために、ウルの王の主導のもとに、シュメール語英雄叙事詩の編纂や英雄が活躍する英雄時代の設定が為されたことも確実になる。
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