本研究は、即位の儀式を中心とした帝位・王位の継承に関する全体的な儀礼構造と、その表徴の論理構造とを分析し、歴史的な変化の意味をトータルな「国家儀礼」の視点から明らかにすることにある。本年度は、(1)先秦資料、(2)秦漢資料、(3)経学関係文献、(4)考古学関係文献を中心に地道な資料・文献の収集と整理を積み重ねた。ここでは一定レベルの成果を得られた部分について紹介して、報告に代えたい。 『尚書』顧命篇の儀礼的構造を詳細に再分析し、同時に先秦諸史料の即位記事ならびに漢代の即位儀礼と比較対照することで、次のことを明らかにすることができた。 (1)『尚書』顧命篇の即位儀礼の特徴的な構造及び特質として注目しておくべきことは、「嗣立成王の儀礼」(於宗廟)と「即位宣誓・臣事の儀礼」(於正朝)との二つの儀式から構成されていることである。前者が「王の再生」を象徴する秘儀的性格の強い儀式であるのに対し、後者は「王国体制の再生産」を象徴する公開的性格が強い儀式であり、両者が一連の儀礼セットとして構成されている。(2)「踰年即位」として描かれる歴代魯公の『左氏伝』の即位記述は、実は「即位宣誓・臣事の儀礼」が翌年元朝に分出したと見なすべき事象なのである。(3)春秋晋国の文・成・悼公の事例は両者の分離が小さい例であり、特に悼公のケースは宗廟への拝謁の5日後に「即位宣誓・臣事の儀礼」が実施されており、「即位」の語はこれを指して使用されている。(4)漢初には二つの儀式は一見一体化しているように見えるが、史書(特に『漢書』)の「即位」記述は後者の儀式に焦点が向けられている。(5)漢中期に両者が全て朝堂で挙行される同日内の連続する儀式として究極的に統合され、記述にブレが生じる余地はなくなったものの前者の秘儀的聖性が弱化したところから、新たな儀礼構造が模索されていく契機となったと考えられる。
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