本年度は、近世ヨーロッパにおける情報の具体的な内容、伝達方法、伝達速度、情報の公開の方法、情報の受け取り方など、今まで取り組んでこなかったコミュニケーションの具体的な形態の解明に取り組んだ。この目的を達成するための具体的な対象として、近世ヨーロッパにおける自然災害を取り上げた。とりわけ広域に被害が及んだ大規模な自然災害において、どのように情報が伝わり、人々はその情報をどのように解釈したのかを検討した。その一つの例として、1755年にリスボンで発生した地震(リスボン地震)がある。当時のヨーロッパの商業の中心地の一つだったリスボンが、マグニチュード8.5と推定される地震に襲われ、壊滅状態になるとともにそれに連動して発生した大火災および津波で、多くの住民が犠牲になった。このリスボン地震は、ヨーロッパの多くの地点で揺れが観測されるとともに、海底地震だったために北アフリカと西ヨーロッパの多くの地点で津波が観測されるとともに、内陸水域でも多くの場所で数位の異常な変化が観測された。リスボンからの地震情報は、当地に滞在していた多くの外国商人によって、本国および顧客に直ちに伝えられ、それぞれの本国では多くの場合、週刊新聞に掲載されて、多くの人々が知ることができた。こうした新聞を読んだ多くの人々は、その地域で観測された揺れや水位の異常な動きとこのリスボン地震の関連に関心を持ち、これに関する新聞記事、雑誌記事や書籍が相次いで刊行された。こうしたリスボン地震をめぐる情報のあり方から、近世ヨーロッパのコミュニケーションの具体的な姿の一端を明らかにすることができた。
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