今年度の研究成果は以下の3点に要約される。 (1)学術雑誌『史林』に、調査・審問の一形態である証人尋問がどのように中世の法廷に導入されるにいたったかを、それ以前の証明方法である神判・法廷決闘からの変化という視点から明らかにした論文を発表した。12世紀までの法廷では訴訟人本人が証明のイニシアティヴを取り、社会的絆を結んだ証人に神判や法廷決闘を行わせるという特徴があったが、12世紀末から13世紀初頭に発達する証人尋問では、法廷を司宰する王侯が裁判のイニシアティヴを取り返し、自ら選んだ証人に対して尋問を行うという手続きが優位になり始める。王侯はこうして、訴訟人をなす封建領主たちの社会の相互連帯に楔を入れ始めた。 (2)フィリップ・オーギュスト時代の裁判・行政関係の諸史料の分析を行った。この時代には、国王法廷で証人尋問の割合が飛躍的に上昇するが、フィリップ・オーギュストはこれを強圧的な判決のために利用するだけでなく、和解のための一手段としても活用したことなどが判明した。この成果は現在執筆中の博士論文の一章として発表する予定。 (3)聖ルイ時代の行政調査(行政的証人尋問)記録の分析を開始した。聖ルイは国王役人の職権濫用についての聴き取りを王領内で大々的に実施したが、調査官は数十年まえに王領に併合されたばかりの地域に派遣された。したがってこの調査は、王領併合後の混乱の処理という側面が強く、聴き取りの結果に見られる地域差もその事情と関係があるとの見通しを得た。また証人尋問が、国王権力を拡大するだけでなく、その過剰を制御・調整する手段として利用されはじめた、との展望も得られた。
|