「アメリカ帝国」の例をひくまでもなく、ポスト冷戦の国際関係を表現する言葉として頻出する「帝国」という言説には、(少なくともその主体となる側に)「解放する/自由主義」や「慈悲深き博愛主義」といった意味合いが付与され、意識されている。そのルーツは、イギリス、大英帝国に求められる。本研究では、18世紀末から19世紀初頭にかけての帝国再編の過程で創造され、19世紀半ば以降、大英帝国の言説として確立された「解放する帝国」「慈悲深き帝国」という帝国アイデンティティについて、その構築に大きく貢献した「黒いヴィクトリア朝人」(植民地からやってきてイギリス社会で暮らした非白人)に注目した。なかでも、イギリス海軍(時に陸軍)によって苦境を救出され、女王(あるいは貴族)の庇護を受けたアフリカ系黒人(広くは非白人)の少年少女たちが、新聞や雑誌など当時のメディアでどのように取り上げられたか、彼らの「救出」が大英帝国をどのように可視化したか、などを具体的に検証し、彼らの「救出」が先述した言説の確立に決定的な役割を果たしたことを明らかにした。しかも、幼い彼らの「救出」の実態・実相がどうあれ、それがたえず奴隷貿易(ならびに奴隷制度)との関わりで語られ、語り直され、時に創造されてきた実態も明らかになった。これらは、従来内在的に、イギリス中心主義的観点から説明されてきた帝国観に修正を促すものである。 加えて、本研究における重要な「発見」は、「解放する/慈悲深き」という先述した帝国アイデンティティが、2007年、奴隷貿易廃止200周年の記憶と相まって、見直しが進められつつあることだあった。それゆえに、奴隷貿易廃止200周年と重なった研究2年目(2007)は、研究の重心を「現代と200年目の記憶との対話」に移す修正をおこない、イギリス各都市で展開された奴隷貿易廃止200周年を記念する展示・イベントの分析を試みた。その分析を通じて、「黒いヴィクトリア朝人」を生んだ奴隷貿易という「帝国の負の遺産」が、現代イギリスの諸都市で広く、戦略として意識されている実態を明らかにした。
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