研究概要 |
本年度は,研究期間最終年度であるため,バスク地方を舞台とした言語の地理学の総括的研究成果をまとめることに努めた。これまで2年間に及ぶ調査に加え,2008年9月にスペイン・バスク自治州ならびにナバラ自治州において現地調査を実施し,従来の調査で不足していた情報を補足した。 「言語の地理学」という方法論を確立するために,地理学がこのテーマにどのように貢献できるかを多方面から検証してきた。その結果到達したのが,現代の地理学にとっては,Geolinguisticsのような言語現象の空間分布分析よりも,話者集団におけるアイデンティティの生成過程とアイデンティティと空間の相互作用の分析のほうが重要な研究テーマとなるという問題意識である。従来の研究では,ナショナリズムにより生成される領域性の本質が軽視され,領域はネイションの自己認識の表象という立場がとられてきた。しかし近年,領域,境界,アイデンティティの動態的相互関係が注目されるようになりつつあり,それこそが地理学がこの分野で貢献できるテーマとなりうる。言語共同体のアイデンティティは,その外部の話者集団の存在により自覚され,強化される。その際,話者集団が使用する言語と彼らが集住する領域は,自他を区別するためのイコンとなり,その結果空間は集団的アイデンティティのシンボルとしての地位を獲得する。領域の実体化にともない,共同体構成員は領域の中で交流するようになり,領域への帰属意識をさらに高め,同時に空間は構成員の結束を促し,集団のシンボルや経験から共通の物語を生産するようになる。このように,アイデンティティと領域に関わる主体の相互作用の検証は,バスクのような固有の言語話者集団共同体を研究する際は重要な手続きとなる。バスクの再領域化過程におけるアイデンティティと空間の相互作用というテーマは,今後の重要な研究課題となろう。
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