本研究の目的は、東アフリカ牧畜社会における民族の性質の変質をあきらかにすることである。これまで、東アフリカ牧畜社会における民族紛争は、政治家、マスコミ、さらには研究者によって「稀少資源をめぐる紛争」として理解されてきた。けれども、ナショナリズム運動が盛んになる1960年代以前において、牧畜民は必ずしも稀少な資源をめぐって競合しなかった。むしろ民主化が盛んになってから、政治的権利の獲得を目指す「民族エリート」たちが牧野の人々に「他民族が放牧地や水場などの生態資源を奪ってしまう」と吹き込み、民族を「自民族の利益を追求する主体」に作り変えてきたのである。本研究は、1960年以前の資源をめぐる民族関係を復元し、生態資源をめぐる異民族の共有の仕組みを明らかにすることで、「稀少資源をめぐる競合」ドグマを批判的に検討していく。
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