本研究では、アンデス地域(ペルー、ボリビア)の文書館を中心に、19世紀後半以降の土地行政を軸とした先住民政策の歴史と行政司法領域における地籍図導入のプロセスに焦点を当てた現地調査を実施し、収集史料についての整理・分析およびデータベース化とコーパス作成作業を行った。その結果、次のような研究成果を得ることができた。 (1)20世紀前半のペルーの土地行政における地籍図導入のプロセスの解明 ペルーでは、1920年代のレギーア政権のもと、積極的な先住民擁護政策が展開された。特に1921年には勧業省内に先住民事務局が設置され、先住民共同体の土地権利に関する実地調査が推進された。その際、実地測量にもとづく先住共有地の地籍図作成は最重要課題として位置づけられていた。 (2)先住民共有地の権利に対する公文書化の推進 そのため、先住民事務局では、先住民共同体の要請に基づいて公認測量士を地方に派遣し、実地測量に基づいて作図を行ったうえで、それらの文書を調査報告書とともに当局に提出させるという、土地所有権の公文書化事業を推進した。その範囲はペルー全国に及び、約350以上の共同体が調査対象となった。 (3)ペルーの地方土地行政における文書化プロセスの概要把握 このようにしてペルーでは1920年代以降、地方土地行政における文書メディア(特に地図文書)を媒介とした統治システムが普及しつつあった事実を具体的な資料に基づいて明らかにすることができた。 (4)ボリビアの土地行政における文書メディアの導入プロセスとその障害の発生要因の究明 一方、ボリビアでは1860年代以降に起こった国の税制改革論争の中で、不動産税導入の土台となるデータベースとしての地籍・地籍図の必要性が唱えられるようになり、1870年代後半には、ボリビア全国の先住民共同体を対象とする地籍事業が実地に展開された。しかしそうした地籍事業によって配布された地籍図が、実際に地方レベルの土地行政にどの程度影響を与えたのかを土地裁判における文書使用の事例分析に基づいて検討したところ、少なくとも先住民共同体が関わるケースでは、文書メディアを媒介とした土地管理システムの導入が円滑に機能していたとは言い難いケースが見られることが明らかとなった。
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