2006年度は3年計画の初年度に当たり、次のような調査研究を実施した。 (1)これまで収集した文献を整理して、シボ族の原郷というべき遼寧省藩陽(以下、東シボと称する)と新疆ウイグル自治区チャプチャル地区(以下、西シボと称する)の歴史的地理的位置づけを図式化した。 (2)これを仮説的枠組みとしてまとめ、日本文化人類学会第30回研究大会(於東京大学)で報告した。 (3)西シボにおける現地調査で、同地への西遷第一世以来約240余年、7代に及ぶ墓碑を観察し、その世代別時系列空間的配列に、シボ族の祖霊観と空間感覚を見ることができた(下記項11の報告「シボ族の世代別墓碑配列」参照)。 (4)西シボ居住地のチャプチャルに地方自治政府が建造したシボ族民族園のラマ教寺院に信仰の新しい姿を知ることができた。特に、この宗教施設を自治区政府は観光施設として設置したのに対し、シボ族としては伝統的民族文化再生の一拠点として利用しようとしているように見える点が興味深い。 (5)同じくこの民族園において、シボ族民族博物館が設置され、東シボから西シボに至る西遷とその後240余年の民族史の展示がなされたことは、官製施設とはいえ、内容は地元民族シボ族研究者たちによる民族史の再生であり、シボ族自身はもちろん、他民族に対しても、民族教育的意義が大きいと考えられる。 (6)東シボの民俗資料館建設とその利用状況に関しては、未だ進行中であり、その過程を継続的に注視したい。 (7)東シボにおける隣接少数民族朝鮮族では、民間資金の支援もあって民族教育活動が顕著であり、これがシボ族の民族意識高揚に与える影響について注目される。
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