今年度は、8世紀から10世紀にかけてのハナフィー派(スンナ派正統4法学派の一つ)のテキストの編纂過程を分析することに集中し、その成果を『法制史研究』に発表した。これまで、8世紀から9世紀初頭にかけて活動した同派の初期の法学者、とくに学祖と目される3人の法学者が同派において絶大な権威を有すること、そしてにもかかわらず10世紀までには同派の学説に重要な変化が起こっていたことは知られていたが、その間の学説変容の過程については未解明であった。20年度の研究は、その間の過程を解明することを主たる目的とした。その目的の達成のため、前年度までにエジプトとドルコに赴いて9世紀における編纂途上の法学テキストの写本の収集を終えていたが、20年度はそれらの写本の分析に多くの時間を割いた。 その結果次のような知見を得ることができた。すなわち、9世紀の編纂初期段階のテキストにおいては、学祖の学説とそれ以降の学説が異なる文体でかつ分けて書かれていて、学祖とそれ以降の世代の学説ははっきりと識別することができる。ところが、9世紀一杯をかけて、文体は統一され、かつ後世の学説が学祖の学説と識別困難または不能な形で混合されていった。このことは、ハナフィー派が、学祖の権威をそのまま保存しつつも、後世に展開した学説を体系の中に組み込もうと意識的に操作を行ったことを示している。 本研究はこのように、従来の刊行本による研究では得ることのできなかった初期のイスラーム法学説の展開のメカニズムを解明した点で世界的にも意義深いものと考える。
|